麒麟がくる 初心者の疑問 土岐氏と明智氏の関係や明智氏の始祖 

   

「麒麟がくる」。第2話の最後に帰蝶(川口春奈)の嫁ぎ先で主君である土岐頼純(矢野聖人)が斎藤道三(本木雅弘)に毒殺されてしまいました。インパクトのある終わり方でした。2話は主役の明智光秀(長谷川博己)よりも斎藤道三の回だったのかもしれません。タイトルも「道三の罠」でしたからね。歴史超初心者には土岐氏と明智氏の関係、斎藤道三がどう絡んでいるのかが分かり辛かったので、明智氏の祖なる方から調べてみることにしました。

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明智氏は土岐氏支流 

明智氏は土岐氏の出身とするのが有力なようで祖は 明智 頼重(あけち よりしげ)

頼重の祖父 土岐 頼貞(とき よりさだ)

文永8年(1271年)~ 延元4年/暦応2年2月22日(1339年4月1日)

鎌倉時代から南北朝時代の武将、守護大名。歌人。土岐光定の七男。母は鎌倉幕府の執権北条貞時の娘

室町幕府の初代美濃守護

土岐氏は清和源氏の流れをくむ美濃を地盤とする有力御家人の美濃源氏

子に、頼遠、長山頼基土岐頼兼(のちに「明智頼兼」と改名)頼明

明智 頼重(あけち よりしげ)

康永元年(1342年)~ 応永30年3月9日(1423年4月19日)

土岐頼貞の孫であり長山頼基(土岐頼基)の子。観応2年(1351年)従兄にあたる明智頼兼の養嗣子となる(嗣子の光行が早世したため)

土岐氏支流の明智氏の祖、あるいは二代目とされる

 

それから約100年後に明智光秀が出生

光秀の祖父 明智 光継(あけち みつつぐ)

応仁2年5月20日(1468年6月19日)~ 天文7年3月5日(1538年4月14日)

父は明智頼尚、明智頼典と同一人物とされている(『続群書類従所収系図』によるもの)

子は明智 光綱(あけち みつつな)(明智光秀父)と小見の方:片岡京子

美濃において、斎藤道三が台頭するとすかさずこれに属し、まだ幼い娘であった小見の方を道三に人質という形で差し出す。小見の方はのちに道三正室となり帰蝶(濃姫):川口春奈 を産む。

明智 光秀(あけち みつひで) : 長谷川博己

生年未詳:1528年生? - 1582年7月2日〈天正10年6月13日〉

 

麒麟がくる 第2話 登場人物

斎藤道三(さいとうどうさん) : 本木雅弘

明応3年(1494年)~ 弘治2年4月20日(1556年5月28日)

守護である土岐氏を補佐していたが。。。

下克上大名の典型であり、名もない境遇から僧侶、油商人を経てついに戦国大名にまで成り上がった人物(美濃で油売りをはじめたのは道三の父という説あり)
戦国時代の武将 美濃の戦国大名

土岐頼純(とき よりずみ) : 矢野聖人

大永4年(1524年)~ 天文16年11月17日(1547年12月28日)

戦国時代の大名で美濃国の守護大名(しゅごだいみょう)

土岐頼武の嫡男 叔父に土岐 頼芸(ときよりのり):尾美としのり

妻は斎藤道三の娘帰蝶(濃姫)

道三の手にかかって殺害された

守護大名とは

守護:鎌倉・室町時代の職名

守護大名:室町時代に軍事・警察権能だけでなく、経済的権能をも獲得し、一国内に領域的・一円的な支配を強化していった大名

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 - 2020春ドラマ, 麒麟がくる